“音のパイオニア”の矜持、カーオーディオに光る。CSTドライバー搭載、渾身のスピーカーを聴く
カーオーディオの課題をスピーカー技術で解決!
カーオーディオの難しさのひとつに、マルチウェイのドライバーユニットを同一平面上に配置できないことがある。ホーム用スピーカーでは、大半のケースでそれは可能。それ故、パッシブ・クロスオーバーネットワーク回路でもタイムアラインメントが調整しやすい。しかし、カーオーディオでそれを実践するのは厳しく、今日ではDSPによるデジタルクロスオーバーを駆使したタイムアラインメントが主流となっているわけだ。
そうしたシステム構成でも、フロント3ウェイ等の比較的大掛かりなシステムの場合にはさらに複雑だ。多くの場合トゥイーターはAピラー、ミッドレンジはサイドミラー内側、ウーファーはドア下部といった具合に取り付けるが、特にトゥイーターとミッドレンジの整合は、人間の耳の感度の敏感な帯域だけにたいへん厄介。しかも、ドアウーファーよりも往々にして至近距離となる。
その一つの解を、私は山形県天童市の東北パイオニアで先日経験した。しかもそれはすこぶるエキサイティングな、大いなる可能性を秘めたものだった。その解決の鍵は、パイオニアが擁するハイエンドオーディオブランド「TAD」の骨幹技術「CST(コヒーレント・ソース・トランスデューサー)ドライバー」である。2020年、初めて車載用として登場したPRSシリーズから5年ぶりのCST採用ニューモデル「GRAND RESOLUTION」(TS-Z1GR)のデビューだ。


同軸「CSTドライバー」がカーオーディオで生きる
TS-Z1GRのCSTドライバーは、同軸構造のために1つのドライバーユニットとみなすことができる。前述のようにバラバラになりがちなユニット取り付け位置の車載特有の問題を是正できる可能性が高いわけだ。
この点においては、軸上以外の角度における指向特性のコントロールが大事になる。CSTドライバーは、ミッドレンジのコーン形状がウェーブガイドとなって指向特性を制御できる。しかも、もちろん広帯域だ。
一方、この7.3cm同軸2ウェイドライバーの最大の真骨頂は、2.5cm口径のトゥイーター部に蒸着ベリリウム振動板を採用していることだ。真空状態にて銅製雛型の上にベリリウムの蒸気を当てて形成されるその振動板は、内部損失が高く、広帯域のレスポンスを有するため、トゥイーターとして理想的。ベリリウムはダイヤモンドに次いで振動伝播速度が速く、また一般的な圧延型ベリリウム振動板と比べても理想的な高域特性を有しているのである。


17cmウーファーとミッドレンジの振動板は、開織カーボンクロス。この素材は汎用的なカーボン繊維の丸型断面と異なり、繊維自体を幅広く、薄く均一に広げているのが特徴で、含浸させる樹脂剤の量を低減することができ、カーボン繊維が持つ硬さと軽さを最大限に活かすことが可能という。またコーンキャップ部のカーブを単一Rでなく、カテナリー形状とすること で、CSTドライバーとのクロスオーバー近辺のつながりと指向特性をスムーズにしている。

以上のCSTのミッドレンジとトゥイーターを組み合わせるクロスオーバーフィルターも、厳選されたPPフィルムコンデンサーや空芯コイル、低損失コアなどを採用、実際の出音はもちろん、出力音圧特性やインピーダンス特性の最適化にも気を配った設計だ。

ヴォーカルの質感の柔らかさと瑞々しさ!
今回の取材では、2つのシステム構成でTS-Z1GRの音を体験することができた。まず聴いたのは、試聴室にてエンクロージャーに収めた状態だ(別の箱に収められた25cmサブウーファーTS-W1000RSも併用)。

第一印象は、圧倒的な情報量と分解能の高さだ。ヴォーカルの微細なテクスチャー、楽器のニュアンスやイントネーションのリアリティが素晴らしい。2本のスピーカー間に定位するセンターイメージの結像も揺るぎないもので、しかもそれが平べったいものでなく、しっかりとした骨格とフォルムを伴った、厚みのある音像を提示したのだ。

ステレオイメージの広がりや奥行きの表現もしっかりしており、オーケストラを聴けば楽器配置のレイヤーがすこぶる見通しよく展開する。それは充分に完成されたホーム用スピーカーのような振る舞いであった。
もうひとつのシステムは、トヨタ GR86にインストールした状態。こちらはセッティング間もないとのことで、音がまだこなれていなかったが、それでもTS-Z1GRのポテンシャルの高さは十二分に実感できた。

ルームミラーとステアリングの間付近に、ファントムセンターにてヴォーカル音像がイメージでき、その克明さと鮮度の高さに驚かされた。井筒香奈江の新譜から、「ラストダンスは私に」を聴いてみたのだが、その声の後ろでリズムを刻むベースのミュート音がくっきりと定位する。さらに間奏部で入ってくる、やや右チャンネル寄りに定位するピアノの音色と、その倍音の響きの美しさたるや! ヴォーカルの質感の柔らかさと瑞々しさも特筆しておきたい。

試聴室での印象に比べると、サブウーファーTS-W1000RSのエネルギーが足りず、インパクトがやや控えめに感じられたが、あるいはそれは、TS-Z1GRのクオリティにサブウーファーが追いついていないのかもしれない。それほどTS-Z1GRの潜在能力は高いということの裏返しである。



今回のモデルがカロッツェリアでなく、パイオニアのロゴを掲げてのデビュー、しかもその前進である「福音電機」の創業時のブランドポリシーや、創業者・松本望が生み出したダイナミックスピーカーの思想に立ち返っての開発という点に、私は企画・開発陣の矜持を垣間見た。

その理念は私がまだ一人のアマチュアのオーディオマニアだった頃に憧れたパイオニア、そのDNAに他ならない。しかも私が現在の評論家の仕事に就いた90年代初頭、積極的にスピーカーを開発していた頃のパイオニアの姿がぼんやりオーバーラップして見えるのだ。
TADの英知も借りながら、パイオニアのDNAを連綿と引き継いだGRAND RESOLUTION。私はその誕生をたいへん嬉しく思うし、大いに期待せずにはいられない。

(提供:パイオニア)